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高松地方裁判所 昭和56年(行ウ)3号 判決

原告

平松静

右訴訟代理人弁護士

高村文敏

(ほか三名)

被告

大内労働基準監督署長 加藤義治

右指定代理人

川上磨姫

(ほか三名)

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五二年一二月二六日付をもって訴外平松隆に対してなした労働者災害補償保険法による療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故及び傷病の発生

原告の亡夫訴外平松隆(以下、「平松」という。)は、香川県大川郡引田町塩屋所在の訴外日昭産業株式会社工場新築工事現場において、板金工として外壁鉄板取付工事(以下、「本件工事」という。)に従事していたところ、昭和五二年九月三〇日午後二時三〇分頃、工事用「はしご」から足を踏みはずして転落し、香川県立白鳥病院において、「脳底骨折、脳挫傷、尿道裂傷」の傷病名で加療した。

2  平松が本件工事に従事するようになった経緯

本件工事は、訴外日昭産業株式会社の注文で訴外東販鉄工建設株式会社が請負い、同社から訴外西日本建産株式会社(以下、「訴外会社」という。)が下請したものであり、平松を含む六名の板金工が右訴外会社より右工事のために使用され、昭和五二年八月下旬から同工事に従事していた。

3  給付請求とこれに対する処分の経過

平松は、昭和五二年一〇月八日、被告に対し、労働者災害補償保険法(以下、「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付(以下、「本件給付」という。)の申請をしたところ、被告は、平松は労災保険法上の労働者とは認められないとして、同年一二月二六日付で右給付をしない旨の処分(以下、「本件処分」という。)をした。

そこで平松は、右処分につき香川労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、同審査官は、昭和五三年六月三〇日付をもってこれを棄却したので、平松は、さらにこの決定を不服として、労働保険審査会に対して再審査請求をした(同人は、昭和五四年三月二九日に死亡したので、平松の妻である原告が再審査請求の手続を受継した。)が、同審査会も、昭和五五年一二月一二日付をもって、これを棄却する旨の裁決をなし、右裁決書騰本は、同月二七日原告に到達した。

4  平松の労働者性

平松は、板金職人を常傭していない訴外会社によって、同社が板金工事を請負うたびに、継続的に臨時雇傭され、実質的には、もっぱらその労働力の提供の対価として労賃を得ている板金労働者グループの一員であり、本件工事についても、右訴外会社に臨時雇傭され、同社の労働者として業務に従事していたものである。

よって、平松が労災保険法上の労働者ではないことを理由とする被告のなした本件処分は、事実の認定を誤った違法なものであるから、原告は被告に対し、右処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、平松ら六名が訴外会社より本件工事のために使用されたこと、右工事に従事したのは昭和五二年八月下旬であったことをそれぞれ否認し、その余は認める。

3  同3の事実のうち、平松が本件給付の申請をした日付は否認、労働保険審査会の裁決書騰本が原告に到達した日付は不知、その余は認める。平松が本件給付の申請をしたのは、昭和五二年一〇月一二日である。

4  同4の事実は否認する。

三  被告の主張(平松の労働者性について)

1  グループ結成の経緯

平松は、板金職人であり、より良い仕事を獲得するため、工事現場で知り合った同業の職人とグループを結成し、同グループは、平松の姓を冠して「平松組」、「平松工作所」などと呼ばれていた。

グループ結成後、構成員に変動はあったが、本件事故発生当時の構成員は、平松、訴外阿部勝行(以下、「阿部」という。)、同加藤正光、同橋本時晴、同中原豊、同遠藤健二の六名であった。

2  グループの活動状況

(一) グループは、仕事に必要な自動車二台及び電気溶接用発電機、ドリル等の道具類を購入して使用し、これらの道具類及び板金部品類を収納するために倉庫を借りていた。

(二) グループ構成員に対し、仕事の話があると、請負うか否かをグループ構成員全員で相談して決定していた。グループに対する仕事の注文者は、主として訴外会社、訴外四国振興株式会社、同三晃金属工業株式会社であって、これら注文者からの仕事は、出来高払いによるものが大部分であり、日当払いによるものも若干あった。

(三) グループが出来高払いによる仕事を請負うことを決めた場合、注文者との間に工期の取決めはあるが、作業に従事する構成員の特定、あるいは作業方法、作業時間等の条件については、注文者から指示されることはなく、グループ構成員が、作業の内容、仕事量、グループ構成員の都合等を考慮して決め、作業は、グループ構成員の自主性に任されていた。そして、いつ、誰が、どの作業現場で仕事をしたかは、阿部が出面簿に記載していた。また、仕事に必要な道具類も、前記(一)のグループ保有の道具類を使用し、材料は、注文者から支給されるものと、グループで購入したものを使用していた。

(四) 出来高払いの仕事の報酬は、平方メートル単価あるいはメートル単価で算出されて、日当払いの仕事の報酬とともにグループに支払われ、阿部が毎月のグループの報酬を取りまとめてグループの収入とし、この収入から道具類及び自動車の購入代金、自動車の保険料、税金、ガソリン代等毎月のグループの経費を差し引き、残りをグループ構成員に配分していた。右配分額は、構成員で決定した各人の配分割合に出面簿から計算した各人の作業従事日数を乗じて算出していた。

(五) このようにグループの収入、経費等の損益計算の主体はグループであり、注文者は全く関知しておらず、したがって注文者においては、右グループ構成員につき、賃金台帳の作成及び社会保険、源泉徴収等の手続も行っていなかった。

(六) 以上のとおり、グループ構成員は、いわば一業事体としてのグループの計算に従って仕事を請負い、グループとして自由な方法で作業を行い、グループ全体として報酬(請負代金)を受け取っており、注文者の指揮監督を受けていなかったのであるから、労災保険法上の労働者に該当しないことは明らかである。すなわち、グループ構成員は、各人がいわゆる一人親方(労災保険法二七条三号、労災保険法施行規則四六条の一七)として、グループを共同経営していたものである。

3  本件工事の請負

訴外会社からグループ構成員に対し、口頭で本件工事の注文があり、グループ構成員が相談のうえ、これをグループが請負った。

本件工事は、従来同様平方メートル単価等による出来高払いであり、グループ構成員は、作業に従事する構成員の特定、あるいは作業時間等の条件についても従来同様訴外会社から指示を受けたことがなく、本件工事は、グループの自主性に任されており、更に本件工事に必要な道具類もグループ保有のものを使用した。

このように、本件工事も従来と同様、グループが請負の形態で受注したものであり、したがって平松が労災保険法上の労働者に該当しないことは明らかである。

以上述べたとおり、被告は、平松の労働者性が否定されるとして本件処分を行ったものであり、したがって本件処分は適法である。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1及び3の事実は、平松が本件給付の申請をした日時及び労働保険審査会の裁決書騰本が原告に到達した日時を除いて、いずれも当事者間に争いがないところ、(証拠略)によれば、右裁決書騰本は昭和五五年一二月二七日、原告に到達したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、平松が労災保険法上の労働者に該当するか否かについて判断する。

1  「労働者」の意義については、労災保険法にはなんら定められていないが、同法一二条の八、二項は、労働者に対する保険給付は、労働基準法(以下、「労基法」という。)に規定する災害補償の事由が生じた場合に、これを行う旨規定しているから、右労災保険法にいう「労働者」とは労基法に規定する労働者と同一の意義に解すべきところ、労基法九条は、同法にいう「労働者」とは「職業の種類を問わず、同法八条の事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と定めており、右にいう「使用される者」とは「使用者の指揮命令に服し、使用者との間に使用従属の関係にある者」であると解するを相当とし、また右にいう賃金について同法一一条は「賃金、給料、手当、賞与、その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」旨定めている。

2  そこで、右見地に立って、本件において、平松が、右にいう労働者にあたるか否かについて検討を加える。

(一)  (証拠略)を総合すると次の事実が認めることができる。

(1) 平松は、板金職人であったが、仕事を確保しあるいはより良い仕事を獲得するため古くから、阿部ら五名の同業の職人とグループを結成し、グループで仕事を引き受けて仕事をするようになっていた。仕事はもっぱら訴外会社、訴外四国振興株式会社及び訴外三晃金属工業株式会社から引き受けていた。

構成員相互間には使用従属の関係はなく、仕事を引き受けるか否かについても、構成員全員が相談のうえ決定していた。

このグループは、仕事に必要な通勤用自動車二台及び電気溶接用発電機、ドリル等の道具類を購入してこれを共同で使用していた。

(2) 訴外会社は、屋根壁内装材の販売及びそれに附随する施工工事の請負を業とするものであるが、請負工事を施工するに必要な現場労働者を雇傭しておらず、下請の都度、平松らのグループのような職人グループ七組ほどの中から任意、適当なものを選択して、これに工事の施工をさせていた。

(3) 本件工事は、訴外会社から平松らのグループに対し、口頭で施工の依頼があり、グループ構成員が相談のうえ、これを引き受けたものであるが、平松ら六名が、常に、訴外会社の仕事に従事しなければならないとの拘束はなく、そのうち数名の者が、他の仕事に従事することも自由であった。

労働時間については、訴外会社から特に指示はなかったが、大体午前八時から午後五時位迄であった。ただ、工期の定めと工事の進捗状況との関係で指示を受けることがあった。

休憩、休日等についても直接指示を受けることはなく、いつ、誰が、どこの現場で仕事をしたかは、阿部がグループ用の「出面簿」と称するものに記載していた。

本件工事に必要な資材は訴外会社によって支給され、営業社員の訴外松本某が現場担当者として資材を選ぶかたわら、必要に応じて工事に対する指示を与えていた。

工事は、平松らグループ構成員がグループで共同購入した前記道具類及び構成員が個々人で所有している道具類を使用してなされた。

(4) 本件工事に対する仕事の報酬については、大体毎月二〇日とか二五日迄にグループ全体で完了した出来高に応じて支払われた。

右報酬のグループ構成員相互間の内部的分配は、阿部が他の工事に対する報酬も含めて毎月のグループの収入として取りまとめ、この収入から自動車及び道具類の購入代金、自動車の保険料、税金、ガソリン代等のグループとしての共益費を差し引き、残りは構成員間で決定された各人の配分割合(平松と阿部の二人については、経験年数やグループの世話役的立場を考慮して一日当りで他の構成員より一〇〇〇円ないし二〇〇〇円程度高くしていた。)に前記出面簿によって確認された各人の作業従事日数を乗じて分配された。

(5) 訴外会社におけるグループ構成員に対する身分的取り扱いとしては、労働者名簿、賃金台帳の作成、労働保険の加入手続は行われておらず、健康保険、厚生年金についても労働者としての取り扱いはなく、給与所得についての源泉徴収も行われていない。平松はグループの名称として用いられている「平松工作所」の事業主として、他のグループ構成員二名はその従業員として全国板金組合健康保険に加入し、税金については構成員各人で事業所得確定申告を行ってきた。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  以上認定した事実に照すと、法形式的に、平松らのグループが契約の一方当事者としての資格を有するか否かはともかくとして、これを実質的に考察すると、本件工事に関して訴外会社とグループ構成員個々人との間にそれぞれ労務供給契約が成立したとは認められず、かえってグループが一体として本件工事を引き受け、訴外会社も、また、グループが一体として完成させた仕事の対価として、グループに対し、一定の報酬を支払っていたものとみるべきであり、また労務提供の態様及び過程においても構成員個人に対する拘束性は乏しく、訴外会社からの資材の供給、工事に対する指示も、グループ全体に対して注文者としてなされる程度を越えていないとみるべきであって、訴外会社と各グループ構成員との間に、使用従属の関係を認めることはできない。

もっとも、(証拠略)によれば、グループで使用する電気溶接用発電機の油代とか溶接棒代が出来高に対する報酬とは別途に支給されていること、訴外会社がグループ構成員に対して、年一回程度、ヘルメットや作業服を支給していることが認められ、これらの事実は、通常の請負契約の態様としては変則的なものとは考えられるが、先に詳細に認定した事実関係に照すと、これらの事実のみをもってしては、報酬が各構成員の労働力提供に対する対価であり、訴外会社とグループ構成員との間に使用従属の関係があったとみることはできない。

三  以上の次第であるから、平松が労災保険法の適用を受ける労働者に該当しないと判定してなされた本件処分は適法であって、本件処分に、原告主張の違法はない。

よって本件処分の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上明雄 裁判官 小見山進 裁判官 田邊直樹)

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